高速交通网の整备に着手
この时期の交通网の整备は着しかった。なかでも最も注目されたのが东海道新干线と名神高速道路の开通である。
东海道新干线は、计画最高速度200㎞/hという世界最高时速、道路との完全立体交差化、ATCなどの装置をはじめ数々の画期的手段が採用されたが、东京オリンピックに间に合うよう工事が开始され、计画どおり昭和39年(1964)10月に开通したのであった。
工事に当たって、延长约170㎞に及んだ桥梁?高架桥では彻底した标準化で大幅な工期短缩を実现し、またトンネル施工では钢アーチ支保工と机械化施工法を组み合わせ、能率化した工法を全面的に採用して、総延长515㎞の工事を34年着工后わずか5年の短工期で完成した。
また、40年に开通した名神高速道路は、自动车时代を迎えたわが国が长距离?高速输送を目的として実现した最初の自动车専用高速道路であった。工事は33年に着手され、第1期尼崎~栗东、第2期西宫~尼崎、栗东~一宫、第3期小牧~一宫の3期4区间に分けて行われた。38年7月、まず尼崎~栗东间が开通し、40年7月には全线189.5㎞が完成した。
当社が施工した东海道新干线、名神高速道路の工区は次のとおりである。
<东海道新干线>
二宫付近路盘(神奈川県)、黄瀬川桥梁他(静冈県)、矢作川付近路盘(爱知県)、汐留高架桥、原(西)路盘(静冈県)、高槻地区高架桥、东京駅高架桥、大垣东路盘、沼津付近路盘、新大阪駅高架桥および駅舎
<名神高速道路>
伏见工区(京都市)、大垣工区、米原関ケ原舗装、今津工区(西宫市)
これら工事のうち、名神高速栗东~一宫间における最大の工事は大垣工区で、隣接して新干线の大垣东路盘工事も施工しており、当时名古屋支店の代表的土木工事がここに集中していた。ちなみに、当社の东海道新干线関係工事の受注総额は101亿3,000万円、一方、名神高速道路での当社の受注総额も100亿円近くに达した。
これに先立ち29年に第1次道路整备5カ年计画が発足、すべての道路についての整备が急速に进み、31年には日本道路公団も设立された。名神高速道路は同公団の高速道路であるが、阪奈道路も同公団の有料自动车専用道路で、当社が道路工事において重机类を大规模に駆使した最初であった。なお、この工事と并行して生驹自动车道路(生驹ドライブウェイ)4.5㎞のうち2.3㎞を施工した。
一方、东京都内、阪神地区などにおいても都市内交通のための自动车専用道路が计画され、34年に首都高速道路公団(东京)、37年に阪神高速道路公団(大阪)が设立され、都市高速道路建设に着手した。さらに、このころ各地で観光道路建设も进められ、当社は磐梯吾妻道路(スカイライン)のうち浄土平から土汤峠に至る11㎞や、蔵王道路(蔵王エコーライン)第3工区の工事などに従事した。また、芦有开発一般自动车道は民间事业で行われた同种の観光道路であった。
当社が施工した30年代の名神以外の代表的道路?道路桥工事は次のとおりである。
阪奈道路第2?3工区、生驹自动车道路、磐梯吾妻道路、芦有开発一般自动车道第2工区、东京都西新井桥、音戸大桥、天草连络道路大矢野线、名阪国道梶ケ坂工区?同天理第3工区(40年竣工)
