戦国大名?加藤清正公が1607年(庆长12年)に筑いた名城?熊本城。熊本市中心部の小高い丘に建つこの城は、市民の心のよりどころとして爱されてきました。
1877年(明治 10年)の西南戦争で焼失してしまった熊本城天守閣は、1960年(昭和 35年)に大林組が再建し、現在に至っています。
その後2016 年(平成28年)4月 に発生した熊本地震が再び熊本城を襲い、石垣や塀、建造物にも甚大な被害が出ました。復興のシンボルとなるべく、市民をはじめ国内外からも多く寄せられた復旧を望む声――大林組は、熊本城天守閣復旧整備事业、饭田丸五阶櫓倒壊防止紧急対策工事を担当し、补强?安全対策を施したうえで、震灾前の外観を復元しました。
筑城から400年以上の间、几度も灾害に见舞われながらも、そのたびに藩主や市民の手で修復?復旧され、よみがえってきた熊本城。その天守阁復旧プロジェクトの全貌をご绍介します。
强い熊本城としてよみがえるための耐震补强
熊本城の敷地内で最も高いところに建つ天守阁。「大天守」と「小天守」から构成され、石垣を含む地盘面以下は国の特别史跡に指定されています。
地盘面以下で建物を支えている深础杭の地震时负担が増加することが悬念されたため、上部构造で地震エネルギーを吸収する制震补强を取り入れました。
地震による损伤が大きかった最上阶は鉄骨を用いて新たに构筑し、阶高3m程度の中间阶は、3蚕-叠谤补肠别(サンキューブレース)や3蚕-奥补濒濒(サンキューウォール)などの技术によって强度指向型补强を施すなど、高さや场所ごとに最适な工法を採用しました。
また、展示施设となっている内部の回游性を确保しながら高い耐震性能を得るために、最小限の面积で设置できるクロスダンパーを开発しました。
外観を忠実に復元する
既存の古図面では、大天守最上部の断面図が一枚しか残っておらず、また震灾の被害を受けて瓦が落ちてしまっていたため、震灾前の屋根がどの程度の反りでどのような形状であったかは不明でした。
天守阁の復元にあたっては、3顿测量した外観?内観の点群データを积极的に活用。大天守を忠実に復元するために、古図面から作成した断面详细図と点群データを基にした设计図を重ね合わせて検讨し、1960年当时の姿通りの復元ができているかを确认しました。
1960年の天守阁再建
1960年に天守阁を再建した际の构造设计では、既存の古図面と西南戦争以前に撮影された写真にゆがみ补正をかけ、当时の姿をアナログで復元していました。
当时作成された天守阁の木造模型は、天守阁内で展示されています。
震灾によって多くの瓦が损伤していたため、一つひとつ瓦を确认して再利用できるものを选定し、不足分は軽量化した土瓦を新たに用意し、组み合わせて使用しました。震灾以前の资料を多数収集して外観再现に役立てるとともに、城郭构造に详しい特别史跡熊本城跡保存活用委员会の意见も取り入れながら復元を进めていきました。
利用者の安全を守り、快适な空间をつくる
地震?火灾発生时の安全を守る
熊本地震では、天守阁を支える石垣への被害が大きかったため、地下1阶石垣の内部侧に石垣の崩落防止フェンスを新たに设置し、利用者の安全に配虑しました。
また、火灾発生时に利用者が安全に屋外へ避难できるよう、阶段部に防火シャッターを设置し、车いす利用者や高齢者などの要支援者の避难待机スペースを确保しました。要支援者は阶段室に一时避难?待机し、消防队が駆け付けるまでに健常者は阶段にて避难完了。到着した消防队が待机中の要支援者を救出するという避难シミュレーションを行い、火灾时の安全性を飞跃的に向上させました。
快适な空间をつくる
復元に合わせて、バリアフリー动线も新たに设けました。スロープや车いす用エレベーターなどを新设しています。
また、ダクトや配管、设备机器类を天守上部のコンパクトな机械室とシャフトに集约したことで、展示スペースを最大限确保しました。开馆时间内にメンテナンス作业が生じた场合にも、利用者の移动や鑑赏を妨げることなく対応可能となり、展示施设としての机能向上を実现しました。
将来的には、改修工事などによる设备の拡张も容易に対応できるよう考虑しています。
城内展示では、加藤清正によって建てられた熊本城天守が歴史の荒波の中で天灾や焼失、再建といった出来事を経て、熊本のシンボルとして人びとの思いとともに现代にまで受け継がれてきたストーリーをデザインした
(动画再生时间:11分46秒)