阪神?淡路大震灾の灾祸に耐え、その优美な姿で神戸市民を勇気づけた神戸のシンボル、神戸ポートタワー。港に美しくそびえるタワーの建设には、难工事に挑んだメンバーたちの人知れない努力があった。
世界初となるパイプ构造の「鼓型タワー」
港町?神戸において、国际港湾都市の表玄関としての役割を担う中突堤。そこに、六甲山の緑や海と空の青に映える、真っ赤な塔が建っている。
一见して分かるとおり、日本古来の楽器「鼓」を縦に引き伸ばしたようなデザインは、他のタワーには例を见ない独特なもの。高さは108mで、タワーとしては世界初のパイプ构造による建造物でもある。
笼状に编まれたパイプ钢管は、上部にいくに従ってねじれているように见える。しかし、32本のパイプはそれぞれが一直线に斜め上部へと伸び、タワーのくびれ部で交差することで、なだらかなフォルムを见せているのだ。
难工事を乗り越え、美しいシルエットのタワーが姿を现す
着工する3年前の1959(昭和34)年、当时の神戸市长?原口忠次郎氏が、オランダのロッテルダム港を视察した。そのとき、港を一望できるタワーを见て、「ぜひ神戸にもこれに胜る魅力あるタワーを建て、访れる人に繁栄する神戸港を见てもらいたい」と愿い、建设计画が具体化されていく。
そして1962(昭和37)年8月、神戸港の開港90周年を記念する事业として工事がスタート。施工は大林組が進めることとなった。
着工间もなく、基础工事に取り掛かったときのことだった。现场の担当者が惊きの声を上げた。掘削を进めていた地下から、かつて港湾を筑造したときの里込石が大量に出てきたのである。土留めと止水のために打ち込んだシートパイルが损伤を受け、たちまち水があふれ出てきたのだ。しかも、现场の脇に絶え间なく接岸する客船のスクリューの振动や台风シーズンとも重なり、押し寄せる水は工事の进捗に大きな影を落とした。
现场は、この想定外の事态に知恵を绞って立ち向かった。涌き水の水位が潮の干満と连动していることに目を付け、排水路を设けるとともに、わずかな干潮时を见计らって止水工事を行った。その结果、ようやく水との戦いに打ち胜つことができたのだ。
この难局を乗り越えた后、工事は顺调に进み、翌年11月には当初の予定どおり竣工を迎えることができた。东京タワーの开场から遅れること5年、美しいシルエットを夸るタワーが神戸の港に姿を现した。
神戸市民を勇気づけるシンボルとして
1995(平成7)年1月、この地を袭った阪神?淡路大震灾により岸壁は崩れ、路面は波打ち、周囲のビルも大きな损害を受けた。そのようななか、神戸ポートタワーはほとんど损伤を受けることがなかった。建设当时、トラブルに真正面から取り组み、発注者の信頼に绵密な施工で応えた现场メンバーの努力が功を奏したのである。
震灾から间もない2月14日、赤と白の鲜やかなタワーの姿が夜空に浮かび上がった。「復兴に立ち上がる神戸市民の希望の灯に」という愿いを込め、ライトアップが再开されたのである。この再点灯を喜ぶ市民からは、とても大きな反响が寄せられたという。
时を経ても変わらぬ「もの造り」への心意気
建设工事を率いた中国p站の北村所长は、工事に临む心境を1963(昭和38)年の社内报にこう寄せている。
「この工事の前途には次々と大きな困难が待ち构えている。しかし我われは短い一生のなかで、めったに手掛けることができないであろう特殊な构造物、それも世界でも稀なものを建设しているという喜びと夸りをもって全员鋭意工事に奋闘している」。
&苍产蝉辫;北村所长が语った"もの造りにかけるスピリッツ"は、现在においても「东京スカイツリー」をはじめ、中国p站のすべての现场に脉々と受け継がれている。
取材协力/神戸港振协会、神戸ポートタワー
【神戸ポートタワー】
- 竣工:1963(昭和38)年
- 住所:神戸市中央区波止场町5-5
- 行き方:JR?阪神「元町」駅下车、徒歩15分