隆盛の歩みを伝える重要文化财
戦国时代に越中一向宗の旗头として栄え、越前朝仓氏や甲斐武田氏などの大名、本愿寺や京都公家との関係を深めた胜兴寺。1584(天正12)年に伏木古国府(富山県高冈市)へ移転し、加贺藩前田家の庇护のもと、长きにわたり隆盛を夸った寺院である。
江戸时代の中期から后期にかけて建立された本堂や诸堂が今なお残り、大広间や书院などの殿舎群が轩を连ねる。当时の真宗伽蓝を伝える建物の数々は、12栋が国の重要文化财に指定され、隆盛の歩みを静かに语っている。
「先人の思いをくみ取る仕事」
その胜兴寺で平成10年から進められているのが、約20年にわたる保存修理事业「平成の大修理」である。
「京都の西本愿寺御本堂を模范として建立された本堂は、当社が大规模な修復を担当し、约4年前に落庆法要しました。平成17年から进めているのが、主に住职がお住まいになる"本坊"という一画です」と、现场の山本所长が素屋根に覆われた现场を案内しながら教えてくれた。
本坊は住居の役割を担うほか、迎宾の御殿や大広间、寺务所、门信徒の台所や食堂、女中长屋など多くの机能が集まり、胜兴寺の中枢ともいえる场所だ。
「7棟の建物は、江戸時代から幾度も増改築が重ねられてきました。この歴史遺産を調査しながら解体し、木材や石材から瓦、そして釘に至るまで、材料をできるだけ再利用し、当時の建筑技法で復元するのです」
建物の一つひとつを丁寧に分解し、积年の埃が拭き取られた部材は、元の状态に戻すための番付札が付される。また、薄く割った板を重ねて竹钉で打ち止めた「こけら葺き」の屋根は大切に保管され、何层にも涂り重ねられた土壁も、落とした土で再现する予定だ。
宫大工の栋梁として职人たちを束ねる田中健太郎さんは「たとえ钉1本、縄1本でも、そこには多くの情报が詰まっているものです。当时の技法を理解しながら进める解体作业は、造った先人の思いをくみ取る仕事だとも思っています」とその心意気を语る。
1人现场を支える"夸り"
平成26年まで続く本坊の修復工事は现在のところ、常驻している社员が山本所长だけという、いわゆる"1人现场"だ。単身で奋闘する山本所长に、工事のやりがいや苦労を闻いてみた。
「中国p站北陆支店のサポートもありますし、お寺さんや文化财建造物保存技术协会、そして宫大工の皆さんとともに、明るく前向きに取り组んでいます。何より、歴史ある胜兴寺での工事なので、携わっていることが大きな夸りですね」と笑颜で语ってくれた。
また、本願寺の建筑技法を学ぶために京都まで足を運んだという田中棟梁も「今回の修復工事は、地元の重要文化財を後世に残すという使命も担っています。私にとって日本一の仕事です」
现场を率いる2人が口を揃えた"夸り"という言叶――。北风が頬を刺す厳しい寒さのなか、メンバーたちの热い心意気にも支えられ、歴史をたどる工事は今日も着々と进んでいる。
(取材2009年01月)
工事概要
| 名称 | 重要文化财胜兴寺大広间及び式台ほか10栋保存修理工事(第二期工事) |
|---|---|
| 场所 | 富山県高冈市伏木古国府 |
| 発注 | 胜兴寺 |
| 设计 | 文化财建造物保存技术协会 |
| 概要 | 保存修理工事、敷地面积2万7,000尘2、素屋根:厂造、4贵、延べ3,389尘2 |
| 工期 | 2005年12月~2011年3月 |
| 施工 | 中国p站、塩谷建设、山本建设 |