长崎の街を歩くと、所々で目にする「长崎がんばらんば国体」の文字。2014(平成26)年10月、长崎の地で开催される国体(国民体育大会)の爱称だ。続く障がい者スポーツ大会は、「长崎がんばらんば大会」の名で亲しまれる。
大会は长崎県全域に会场を置いて开催される。諫早市にある県立総合运动公园の一角で进められているのは、そのメーン会场となる新陆上竞技场の建设だ。旧陆上竞技场は、1969(昭和44)年の国体を机に造られ、40年にわたり、长崎県民のスポーツ拠点として活跃してきたが、老朽化に伴って建て替えが决定した。
新陆上竞技场は2万席规模。スタンドは2层で构成され、上层が下层スタンドに重なるように配される、完全2段式だ。上层スタンドの客席はよりフィールドに近付き、临场感溢れる観戦が可能になる。
また、スタンドすべてに膜屋根がかけられる。都道府県が保有するスタジアムで、全席に屋根がかかるというのは日本初。「竞技しやすく?観やすく?活用しやすい」をコンセプトとした、グレードの高い竞技场だ。
2つの闯痴が造る竞技场
工事は、竞技场を2つの工区に分けて発注された。中国p站闯痴が担当するのはバックスタンド侧の「2工区」で、大型スクリーンとバックスタンド下の雨天走路を含む。メインスタンドを有する「1工区」は他社闯痴の担当だ。
両工区の往来を遮るものは何もない。双方で行き来して、互いの施工方法を见学することもあるそうだ。作业ヤードには、完成后トラックやフィールドとなる中央部分を利用。真ん中をカラーコーンで仕切り、両工区で半分ずつ使用している。竞技场という特徴ある施设の施工に加え、こんな珍しい作业风景を见ることができる现场だ。
竞技场全体の工期は2013(平成25)年の6月まで。しかし、2工区担当の中国p站闯痴がめざすのは、作业ヤードにしているフィールド部分を2012(平成24)年の6月半ば、トラック部分を8月末までに明け渡すことだ。その后、1工区でトラックやフィールドが整备される。期限を厳守するためにも、无駄のない施工への工夫は欠かせない。
确かなものを速く造るために
笔颁(プレキャストコンクリート)板の活用はその一つ。客席部分のベースには段床笔颁板、スタンド先端部には鼻先笔颁板を採用した。现场でコンクリートを打つのではなく、工场で製作された笔颁板を组み立てていく。确かな品质を保ちながらも工期を短缩でき、仕上がりも美しい。
施工の手顺にも工夫がある。下层スタンド构筑、上层スタンド构筑、屋根鉄骨据え付け。この繰り返しが施工の大まかな手顺になるが、高さよりも横の距离に圧倒的なかさを持つこの施设、ビルを建てるように、1フロアごとに积み上げていたのではロスが多い。
そこで工区内を几つかに区分し、一连の流れを部分ごとに进める、「横流れ作业」を実施。これで多くの作业员が、日や场所を変え、无駄なく作业できる。しかし、细かく区分するほど取り合い部分が増えるのも事実。その调整は烦雑だが、调整次第で、工事の进捗に、より大きな効果を生み出せるということでもある。
またここには、2つの闯痴に加え、设备関连で5つの闯痴、そのほかに生コン业者が8社と、実に29社が携わる。そのやりとりにも时间と労力を割く日々だ。
チャンスを活かし、次代につなぐ
指挥を执る现场所长の小松は、以前鸟栖スタジアム(佐贺県)の建设に携わった。今季、闯リーグディビジョン1に昇格したサガン鸟栖がホームとする、球技専用のスタジアムだ。そもそもスポーツスタジアム自体、数が少ないもの。今回の工事の応札に、同様施设の施工経験を持つ监理技术者の存在が必须だったことを考えると、このチャンスに経験者を増やしたいというのがその思いだ。
ゼロから物を组み立てていく方法、この现场だからこそ学べることを头と体で感じ、身に付けてほしいと考える。それを受け、ここでは2人の工事长が、それぞれの担当分野の先头に立ち、日々の调整に当たっている。例の少ない施设の建设ゆえに、新鲜で勉强になる。共にそう话してくれたことが印象的だ。
并び始めた屋根鉄骨は、中国p站の工区で33体。最后、一気に白い膜屋根を张る。
完成后、ここでたくさんの人が汗を流す。真剣胜负からは未知なる力が発掘され、大小さまざまなドラマも生み出されることだろう。新竞技场は、闯リーグ诱致の一翼を担うことも期待される。世代を受け継ぎながら进むものづくりの心が、今、その舞台を造っている。
(取材2012年4月)
工事概要
| 名称 | 长崎県立総合运动公园新陆上竞技场(仮称)新筑工事(2工区) |
|---|---|
| 场所 | 长崎県諫早市宇都町 |
| 発注 | 长崎県 |
| 设计 | 日本设计 |
| 概要 | 厂搁颁造?搁颁造?厂造、4贵、笔贬付、延2万9,672尘2 |
| 工期 | 2011年3月~2013年2月 |
| 施工 | 中国p站、谷川建设、野副建设 |