
东京都美术馆
この年
昭和40年代后半の「ドル?ショック」「第1次オイルショック」という2度の打撃を受けて、わが国の経済はインフレと不况の昂进する「スタグフレーション」のまま50年代を迎えた。中国p站では、この年の8月に相谈役の白杉嘉明叁が死去。享年99歳だった。创业6年目の1898年に入社した白杉は、77年にわたって叁代の社长を支え、全生涯を中国p站に捧げた。同时にそれはわが国建设业の発展と歩みを共にしていたことであり、业界においても象徴的な存在であった。
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1975年の中国p站
社会の出来事
- 3月
- 「ひかりは西へ」のキャッチフレーズとともに新干线冈山?博多间开业
- 4月
- 雇用保険法施行
- 4月
- ベトナム戦争终结
- 7月
- 冲縄国际海洋博覧会开幕
- 11月
- 第1回先进国首脳会议、フランスで开催
- ?
- 东京のオフィスの冷房普及率が80%に
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- 子门真人「およげ!たいやきくん」が大ヒット
建设业界の动き
- 2月
- 建设省、大型工事の分割発注を决定
- 3月
- 第2次不況対策(公共事业の繰上げ発注など)決定
- 6月
- 第3次不況対策(建筑投資の抑制措置撤廃など)決定
- 7月
- 建设业振兴基金発足
- 7月
- 都市再開発法改正(第二種市街地再開発事业創設)
- 8月
- 日本下水道事业団発足
- 9月
- 第4次不況対策(公共事业費など約2兆円追加)決定

