
炎上する通天阁
この年
10月、社长の大林义雄が死去。役员?従业员に与えた打撃は深刻であった。戦局が日に日に悪化し、ソロモン群岛のわが军は米国の物量作戦に圧倒され、全面撤退を余仪なくされていた顷のことである。こうしたなか、当时は応召中の身であった大林芳郎が社长に就任。のちに会长、名誉会长となるこの人物とともに、中国p站は激动の时代を歩み始めた。
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1943年の中国p站
- 2月
- 叁菱化成工业黒崎工场竣工
- 3月
- 日本製钢所室兰製作所竣工
- 6月
- 神戸製钢所长府工场M工场竣工
- 11月
- 会长に白杉嘉明叁、社长に大林芳郎が就任
- 11月
- 神戸製钢所脇浜工场H工场竣工
- 12月
- 川崎重工业一宫分工场改造竣工
社会の出来事
- 1月
- ガス消费规制が强化される
- 3月
- 野球用语を日本语化(「セーフ」→「よし」など)
- 3月
- ビールが配给制。铭柄?商标を廃止し「麦酒」に统一
- 9月
- イタリア、连合国に无条件降伏
- 10月
- 后楽园球场の鉄製椅子1万8,000脚が供出
- ?
- サン?テグジュペリが「星の王子さま」を刊行
建设业界の动き
- 4月
- 全国土木建筑国民健康保険組合を設立
- 5月
- 商工省が4阶以下の建物のエレベーターをすべて回収
- 10月
- 统制会社令、军需会社法公布
- 11月
- 军需省、运输通信省设置
