1916年(大正5年)

晩年の大林芳五郎

晩年の大林芳五郎

この年

创业者?大林芳五郎が1月24日、帰らぬ人となった。创业から24年、享年53であった。明治、大正という激动の时代に中国p站の基础を筑き上げることができたのは、芳五郎の创造的な开拓者精神とともに、多数のよき协力者が彼のもとに结束したからでもある。芳五郎の亡き后も、中国p站への信用保証书ともいうべき书状を各方面へ送ったのが、后事を託された片冈直辉や渡辺千代叁郎ら有力な财界人であった。风评を一扫するに余りある支援で、中国p站はこの危局を乗り越えていった。

Photo

  • 晩年の大林芳五郎
  • 乃木神社
  • 信用保証書

1916年の中国p站

1月
创业者?大林芳五郎死去、大林义雄社务継承
4月
大阪鉄工所桜岛工场竣工
5月
鉄道院広岛、行桥、武雄、肥前山口各停车场拡张竣工
5月
东京鉄道病院竣工
9月
乃木神社竣工
10月
东京海上火灾大阪支店竣工
11月
鉄道院山阳本线姫路--网干间竣工
11月
东京砲兵工厂鉄砲製造所仓库竣工
12月
东京帝国大学工科実験室竣工

社会の出来事

1月
吉野作造、大正デモクラシー运动を开始
4月
エイプリル?フールが日本でも流行し始める
6月
アメリカでボーイングが自家製飞行机の初飞行に成功。のちに世界最大の航空机メーカーとなる
8月
日银、1円札の意匠を変更しアラビア数字を採用

建设业界の动き

9月
工场法施行
11月
東京土木建筑業組合設立
11月
日本建筑士会設立