1907年(明治40年)

鸣尾竞马场

鸣尾竞马场

この年

1月、东京株式市场が大暴落。日露戦争后の戦胜景気は终わり、翌年にかけて公司の倒产や银行の休业など経済恐慌が全国を袭った。しかし、多くの军関连工事を担っていた中国p站は、反动の影响をほとんど受けずに业绩を拡大していった。

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1907年の中国p站

3月
大阪砲兵工厂弁天岛仓库および火砲製造所砲厂他竣工
3月
东京第3烟草製造所仓库竣工
4月
高桥製帽所工场竣工
4月
舞鹤水交支社竣工
8月
摂津製油工场竣工
9月
第1师団陆军被服厂竣工
11月
店员服务规程を公表
11月
発动机製造事务所竣工
11月
鸣尾竞马场竣工
12月
东洋製纸工场竣工

社会の出来事

1月
东京株式市场が大暴落、戦后恐慌始まる
2月
横浜で麒麟麦酒が设立される
3月
第6回东京勧业博覧会が上野公园で开幕
4月
鸟井商店(现?サントリー)、赤玉ポートワインを発売
9月
东京?北海道间に直通电话が开通

建设业界の动き

3月
鉄道庁発足。逓信省から鉄道経営を引き継ぐ